私が独立開業するまで (受験予備校の時代)

公認会計士を目指すと決めた自分は早速資格の予備校に通い始めました。大学は休学し、すべての時間を勉強に捧げることを決めました。ちょうどその頃日本でサッカーのワールドカップが開幕し、前回王者フランスがセネガルに負けるという試合をテレビで見て、これを最後にテレビを観るのもやめようと決めました。

この頃は本当にストイックな勉強生活をしていて、朝7時から夜10時まで週6日間ずっと勉強していました。これだけやればなんとかなるだろう、と当初は思っていましたが徐々に授業のペースについていくことができなくなります。公認会計士試験は勉強範囲が膨大で、要領のよさも求められる試験でした。結局その翌年は試験を受けることもせず、最初に試験を受けたのは勉強を始めてから2年後のことでした。結果は合格には程遠く、失意の3年目に突入しました。この試験は1年に一度しか受けることができないため、不合格の場合にはもう一度同じ一年を過ごすことになります。同じ環境で同じ内容の勉強をするというのは、メンタル的にも辛いものがあります。その年の試験、手応えはあったのですが論文式試験で不合格でした。公認会計士を目指すと決めてから既に3年が経過していました。その間、同級生達は社会に出てどんどん活躍していきます。それに対して自分はニートのような状況です。早く自分も社会に出なければという焦りがあり、試験勉強をやめようかと考えていました。

しかし、願ってもいない出来事が訪れました。その頃、カネボウの粉飾決算が明るみに出て、監査人である中央青山監査法人が粉飾に加担していたことで、所属する公認会計士が逮捕されるという事件が起こりました。中央青山監査法人は四大監査法人の一つとして国内最大手の監査法人でしたが、事件が原因でその年の就職活動は全く人気がありませんでした。監査法人も毎年合格者を採用しなければ事業を続けていけません。そこで、不合格者でも何名か追加採用します、という枠が設けられることになりました。これに応募し、なぜか採用されることが決まりました。社会に出て働きたいし、試験勉強をやめようかなと考えていた自分が、こうしてなんとか延命されることとなったのです。

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